信楽焼浴槽をつくる職人。25年の手仕事が語る「削らない」成形の世界
ガタンゴトンと鉄道の音が近くでする…。信楽高原鉄道・勅旨駅のすぐ近くの工房が今回の舞台。
今回インタビューに協力してくれたのは、大物づくりで約25年のキャリアを持つ職人・小谷日以呂(ひいろ)さん(以下、小谷さん)。
信楽焼浴槽の成形を長年手がけてきた、まさにこのジャンルの「手」を担う存在。
- 二光陶房の小谷日以呂(ひいろ)さんにお話を伺った
今回は、信楽焼浴槽の流通を担う陶里さんのご紹介で、小谷さんの工房にお邪魔し、お話を聞かせていただきました。
大物づくりのこと、時間のこと、そして印象的だった「削らない」というこだわりについて深く聞いてきました。
・信楽焼浴槽がどんな風に製作されているか知りたい方
「削らない」±3cmの世界。信楽焼で浴槽をつくるということ
焼けば一割縮む。その中で「±3cmを狙う」
- 丁寧な手仕事で作られる信楽焼浴槽。これは釉薬をかける前の状態。
豊島:焼く前後で、浴槽のサイズってどのくらい変わるんですか?
小谷さん:
「だいたい一割くらい。土によって多少ちゃうけど、一割は決まってる。だから、1,000mmで焼き上げたいなら、そこから逆算して1,100mmでつくる感じです。」
±3cmで収める、という話は事前に小西社長※から聞いていた。
数字だけ見ると簡単そうに思えるが、浴槽はサイズが1メートルを超えるということもざらなので「焼いたら一割縮む世界」でそれを続けるのは、冷静に考えるとなかなかの精度だ。
もちろん3cm以内に必ず収まるという意味ではない。
あくまで職人が長年の経験で「このへんに持っていける」という、手仕事ならではの感覚的な基準だ。
豊島:土の状態って、日によって変わったりしませんか?
小谷さん:
「仕入れた土は自分で練り直して、自分の都合のええ固さにしているつもり。買ってきた土でそのままろくろを引くことはないね。だから今日は土が違うなみたいな感覚はほとんどないです。」
土を一定に保つからこそ、一割縮む前提で±3cmを狙える。
感覚の仕事と言いつつも、その裏では条件を揃えるための下準備がきっちり行われている。
豊島:「今日はうまくいったな」と感じる日はありますか?
小谷さん:
「そんなんないですよ。いつも同じようにやるだけ。今日のは出来が悪いから出せないってことになったら仕事になりませんし。だれが見ても分からんくらいの差しか出さへんように、いつも同じように作るだけです。」
職人のプロたる所以は、ここににじむと感じる。
良し悪しではなく「いつも通り」が基準、という感覚だ。
一つの浴槽に「一ヶ月ちょっと」。急ごうと思えば急げるけれど
- 右側の浴槽は同じようなタイミングで乾燥させているが、上に置いているほうが風通しがいいため下側よりも早く乾いている。
豊島:1つの浴槽を完成させるのに、どのくらいの日数がかかりますか?
小谷さん:
「小さい浴槽で一ヶ月ちょっと。大きいものやと、もっとかかります。」
作っている間ずっとその浴槽だけを触っているわけではなく、乾燥の時間を挟みながら、他の仕事と並行して進めていく。
豊島:どの工程に一番時間がかかりますか?
小谷さん:
「丸型やったら三段で積んでいくんですけど、一番下の部分が一番時間かかるかな底を作らんとあかんし。と言うても、当たり前のようにやっているから、ここが特別に時間かかるって意識はあんまりしてないです。」
豊島:急ごうと思えば、もっと早く作れるものなんですか?
小谷さん:
「急ごうと思えば急げます。でも、急いでは作らないです。急いでロクなことはないですからね。」
乾燥はラップを巻いてじっくりと行う。急いで乾燥すると表面に亀裂のような線が入ってしまうことがあり商品にならないそうだ。
工程を詰め込めば物理的には早く作れるが、「急いでいいことはない」という一言に、焼きものづくりの感覚が詰まっている気がした。
- ラップを巻いてじっくりと乾燥させることで表面に亀裂のような線が入ることを防ぐ。
1,400〜1,500φをろくろで引くということ
豊島:丸型浴槽で、φ1,400くらいになると他のところでは手ひねりで作るところが多いと聞きました。でも小谷さんは、φ1,400もφ1,500もろくろで行けると。
小谷さん:
「なんで他がやらへんのか、理由まではよう分からんですね。」
技術の自慢をするわけでもなく、淡々とそう言う。こちらが「技術があるからですよね」と返すと、少し笑って、
「ホームページには手ひねりでって書いてるところが多いと思う。ろくろでやる方が速いですよ」と付け加えた。
誰もが出来る技ではないところを、あえて「速さ」というあたりが、過程ではなく成果を求めるシビアな職人の世界を感じさせる。
豊島:大物をろくろで成形する時、いちばん神経を使う瞬間はどこですか?
小谷さん:
「ろくろの仕事自体、全部神経使いますよ。ちっちゃいもんでも、一発勝負なんで。削る削らへんに関係なく、そこで決まります。」
「削ったら誰でも綺麗になる。それはプロちゃう」
今回の取材で、個人的にいちばんグッときたのが「削らない」という話だった。
豊島:内側は削らないようにしている、とお聞きしたんですが、その理由は?
小谷さん:
「ろくろが上手になりたいから。例えば、分厚く作っておいて次の日に金物とかで凹凸をピューっと削って磨けば、誰でもそれなりに綺麗になるんですよ。それはプロちゃうと思ってるんです。だから削らない。内側は手の後が残っててもこの痕を消してくれって言われたことがない。もちろんキレイにはしますよ。」
工業製品を求めるのであれば、内側を削っているほうがいいのかもしれない。
でも削って仕上げる前提で作るのではなく、こだわりを貫く職人技は浴槽づくりに作品としての「味」と「価値」が出ていると感じる。
豊島:削る前提だと、最初のサイズの考え方も変わりますよね。
小谷さん:
「そうですね。削る前提やったら、最初はもっと大きく作っておいて、あとで削って寸法を合わせたらええって発想になる。でも削らないとなると、最初から狙った寸法で作るしかない。だからこそ、±3cmで収める必要が出てくるんです。」
外側をコテのようなもので押さえている工程は、一見すると削っているようにも見えるが、
「あれは削っているんやなくて、締めているだけ。表現が難しいけど、きれいにしているという方が近いかもしれませんね。」と教えてくれた。
「いい日も悪い日もない」感覚の継承
豊島:長年やってきて、身体に染み付いている感覚ってありますか?
小谷さん:
「それはあると思いますけど、いい感じ・悪い感じっていう意識があんまりないですね。触った瞬間に全部分かる、というより、いつも通りに持っていく感じです。」
豊島:もし若い職人さんに教えるとしたら、その感覚をどうやって伝えますか?
小谷さん:
「やってみんと分からん世界なんで、とりあえずやってみてって言うしかないですね。自分も昔は見よう見まねで始めましたし、教えてもらうというより、自分でやって覚えるもんやと思います。簡単そうに見えるんですよ人がしてたら。」
言葉にできない感覚を言葉にしようとしないところに、逆にリアルさがある。外から見れば匠の勘だが、本人にとっては「ただのいつも通り」なのだ。
釉薬の不確かさと、失敗から絞り込んできた色
- 色どり鮮やかな釉薬のカラーサンプル。中には薬の関係でもう出せない色もあるとのこと。
焼きものの世界では、釉薬も奥が深い。
豊島:焼き上がった浴槽は、まずどこを見ますか?
小谷さん:
「色ですね。釉薬は、かけた時の見た目と焼き上がりの色がちゃうことがようけあります。たとえば緑を焼きたい場合は、釉薬が白っぽいから焼く前の色だけでは判断できないんですよ。一回、違う色で薬をもって来られて焼いたら全然違う色で仕上がってぞっとしたことがありますわ。」
過去には、釉薬がめくれてしまったこともあるという。
「一回焼いてみたら色が乗り切らんとか、めくれる薬もあります。そういうのは使わへんようにして、少しずつ絞り込んできました。この薬はもう使ってないから違うのんにしてくださいとかね。」
浴槽の原料となる土代も、ここ20年で倍近くになったそうだ。だからこそ「削らない」「土を練り直して無駄を出さない」というスタンスにも、現実的な理由がある。
- 珍しいグレーの釉薬。塗り重ねる回数で色味がかなり変わってくる。カラースプレーで色を付けるのとはわけが違う。
- これは2回釉薬を塗って焼いた状態。釉薬を塗って焼く前は白っぽかったので色の変化がよくわかる。
- この浴槽は特注品。グレーの釉薬をかけた状態だが、焼成前は白っぽい感じで焼成後の色がグレーになるとはこの状態ではわからない。
- 追い炊き穴は金具をカシメる関係で平たい部分を設けている。一つ一つ丁寧に模様がつけられている。
どこに置かれてもいい。「好きに使ってくれたら」
豊島:この浴槽が、どんな空間に置かれていると嬉しいですか?
小谷さん:
「あんまり考えたことないですね。サイズとか形とか、求められた要望には合わせますけど、その先どう使うかは、お客さんの好きなようにしてもらったらええと思ってます」
水風呂として使ってもいいし、植木鉢にしてもいい、金魚鉢にしてもいい。作り手としては「条件に合ったものをきっちり出す」。その先の物語は、使い手に委ねる、というスタンスだ。
おわりに
- 撮影は11月中旬。広い空間ということもあり、中はひんやりしている。
- 焼成前の素地在庫。タイミングがあえば、比較的早く出荷が可能。
今回のインタビューで特に印象に残ったのは、やはり「削らない」という姿勢だ。
分厚く成形して後から削れば、誰でもそれなりに整った形にはできる。けれど小谷さんは、それをプロちゃうと言い切る。
土を整え、一割縮む焼成を踏まえて寸法を読み、ろくろの一発勝負で形を決める。
削らずに仕上げるからこそ、内側には手仕事ならではのわずかなゆらぎが残る。
ただし、ここは大切なところなのだが、陶器の浴槽は素材の性質上、完全な工業製品のようにミリ単位で揃うものではない。
記事中では「±3cm」という言葉を取り上げたが、これは職人が狙っていく感覚的な基準であって、実際には焼成の環境によっても3cm以上の違いが生まれることもある。
しかしそのゆらぎこそ、陶器浴槽の魅力だと思う。
1基ずつ焼成の環境や冷まし方が微妙に異なるため、同じ型でも少しずつ違う表情に仕上がる。それが、信楽焼浴槽にしかない一点物の味になっている。
形の微差は、「欠点」ではなく「味」として生きてくる。
そして、その浴槽が風呂になるのか、庭の水鉢になるのか、別の使い方をされるのか。
そこから先の物語は使い手に委ねられている。
- ガス窯でじっくり火を入れる。期間はなんと1週間。その間は決して釜を開けない。
好きなように使ってもらったらええ。
そんな距離感もまた、信楽焼浴槽の魅力なのかもしれない。
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